異文化コミュニケーションを理解しあえる 真のグローバル企業を目指しませんか

文化や習慣が違えば考え方が違う

昨今、インバウンド需要で訪日外国人が増加しておりますが、その中で異文化ならではの認識違いによる様々なミスコミュニケーションが生じています。日本人が外国人の文化や習慣を理解していれば、あるいは外国人が日本や日本人に対する知識を持っていれば避けられることでしょう。

〇 目次 〇

1.言葉は通じても心が通じないのはなぜ?
2.私の日本カルチャーショック失敗談
3.風土、歴史によってその国の文化が作られる


言葉は通じても心が通じないのはなぜ?

今、多くの日本人は英語を、そして外国人は日本語を勉強しています。しかし、その背景にある文化を熟知している人はけっして多くはないでしょう。お互いの理解不足が誤解を生み、不必要なトラブルを招く原因となりかねません。英語ができても、日本語ができても心が通じなければ学習した意味がありません。逆に、語学ができなくとも心がかよえば、ミスコミュニケーションは少なくなるはずです。今日、世界各地で起きている紛争は、文化の違いから生じる相手側の価値観を理解しないところから起きているといっても過言ではないでしょう。

もし、相手側の文化を理解し、適合できる能力を身につけている人材が双方の適所に配置されていれば、紛争は避けられると思います。
国家間のような大きなものでなくとも、会社や学校、近所など身近なところでのミスコミュニケーションは日常茶飯事に起きています。
今後も異文化交流はますます世界中で進んで行きます。そんな時代背景の中、異文化に適合し、双方の文化摩擦の調整役の必要性が世界中で求められています。

私の日本カルチャーショック失敗談

日本にいる外国人から「言葉の行き違いや文化・習慣の違いからとんでもない失敗をしてしまった」という話をよく耳にします。彼らの失敗談を集めましたのでいくつかご紹介します。

日本人の話は最後まで聞け!

 

オランダ/男性

 

オランダ人は、相手の話を半分聞いたところで自分の意見を言います。それに対し日本人は相手の話を最後まで聞いてから自分の意見を言います。なぜだか分かりますか?

私は、日本企業に製品を売り込もうとしているあるオランダの会社に雇われて通訳の仕事をしたことがあります。商談の席で、日本企業の重役はオランダの会社の製品をとても評価してくれました。

 

「素晴らしい」とか「実用的だ」とか「日本で作ったらこの5倍の値段になってしまう」とかつぎつぎに賛辞の言葉を繰り返しました。私はそれらの言葉を通訳しながら、気を利かせて「この商談はまとまりますよ」とオランダの会社の社長に耳打ちしました。社長は嬉しそうに笑い、しばらくなごやかな談笑が続きました。

 

ところがです。

 

こちらが契約などの実際的な話に移ろうとしたとき、いままで賛辞の言葉を繰り返していた日本人重役が、急に腕を組み、眉をひそめて、「しかしですねえ」と言ったのです。そして、それをきっかけに今度は製品の悪い点を列挙しはじめました。完全に話が逆転してしまったのです。私は「アレレッ」と思いました。通訳をしながら、オランダ人社長の顔色がみるみる変わっていくのが分かりました。

 

帰りの車の中は、お通夜のように暗いムードでした。オランダ人社長は私と一言も口をきいてくれません。まるで、私が商談をぶちこわしたという態度なのです。

 

その後、その会社から通訳の仕事を頼まれることは2度とありませんでした。まったくさんざんな目にあったわけですが、1つ教訓も得ました。それは、「日本人の話は最後まで聞け!」ということです。日本人は、最後の最後に本当の気持ちをしゃべります。途中の話はすべて社交辞令なのです。

いつでもうちに遊びに来なさい

 

インド/男性

 

私が留学生として日本に来たばかりのころの話です。私はある国際交流パーティーで日本人の年配のご夫婦と知り合いました。私の通っている大学名を知った途端、ご主人の態度がガラッと変わりました。ご主人は私と同じ大学出身者だったのです。「なんだ、後輩じゃないか」と言って親しげなになり、いろいろな思い出話をしてくれました。そして別れ際に「困ったことがあったら何でも俺に相談しろ」と言って、自宅の電話番号と住所を書いた紙を渡してくれました。そして、「いつでも遊びに来なさい」と言ってくれたのです。奥さんも「遠慮しないでいつでもいらしてね」と言いました。私は、本当になんて良い人たちだろうと思いました。日本に来たばかりで心細かったこともあって、彼らの優しさがとても嬉しかったんです。

 

つぎの日曜日、用事のなかった私は、「いつでも遊びに来て」という言葉通りに彼らの家を訪ねました。玄関に応対に出た奥さんは私を見て少しびっくりしたようでしたが、すぐに笑顔になって私を中へ招き入れてくれました。応接間でお茶をごちそうになったのですが、私はそのとき、ご主人と奥さんの様子が何か変なのに気がつきました。

 

この間、あんなに陽気で親切だったご主人が、ニコリともしないのです。奥さんはほとんど喋りません。私は自分が『招かれざる客』であることにすぐに気がつきました。私はここへ来てはいけなかったのです。私は立ち上がり、「ご迷惑なようですから、帰ります」と言いました。するとご主人は「せっかく来たのだからいいじゃないか」と言うのです。奥さんも、「そうよ、予定がないのだったらずっといらっしゃればいいのよ」と言って帰してくれません。

 

私は、そこに居ることにしましたが、その後もご主人はニコリともせず、奥さんも必要最低限のこと以外話しません。私は非常に居心地が悪く、そして頭の中は混乱していました。

 

後日、私は大学の友人から、「いつでも遊びに来なさい」というのは、「こんにちは」や「さようなら」と同じ、あいさつの一種にすぎないことを聞きました。何の意味も持たない言葉だったのです。また、ご主人から「せっかく来たのだからいいじゃないか」とひき止められたときも、「私は用事がありますので」と言って、帰らなければいけなかったそうです。

 

私は、あの時の自分のとった行動を思い出すたびに、いまでも恥ずかしさでいっぱいになります。日本語は、言葉の意味をそのまま受け取って行動すると大変な失敗をしてしまうことがあります。本当に難しいです。

このように文化、習慣の違いから様々な誤解が生じるのです。

風土、歴史によってその国の文化が作られる

国により、あるいは地域により考え方の違いが出てくるのは、食べ物でしょう。

中国料理ではヘビも素材として使われますし、フランス料理ではかたつむりが使われるのは有名です。日本人はこれらを食べるのに若干抵抗があります。その反対に、外国人は一昔前まで生の魚を食べることに強い抵抗があったため刺身を食べる人は少なかったのです。イスラム教徒が豚肉を食べないというのもよく知られています。

このような食文化に見られるような価値観の相違はどこから生まれるのでしょうか。その最大の要因はその国の風土でしょう。

日本人が勤勉なことは世界的に知られていますが、その日本人は外国、特に暑い国の人々をあまり働かないことから、彼らをルーズな人と見る傾向があります。しかし、日本人だって暑い国に、しかもクーラーなどの設備のないところに住めばそんなに働く意欲がわかないに違いないでしょう。真夏の日本を考えれば容易に想像できます。まして、天然資源に恵まれ、食べる物に事欠かず、生きていくのに支障がないとなればなおさらです。風土は労働意欲だけではなく、さまざまな方面に影響を与えています。

家も同様です。

例えば、湿気の多いフィリピンなどでは、床を高くした家が造られ、冬の寒さの厳しい韓国などでは床の下から温めるオンドルが発達しました。風の強いオランダでは、風車がたくさん造られ、雪の厳しい北欧では、雪が落ちやすいように急傾斜の屋根が用いられています。このように、どの地域の人々もそれぞれの風土に適合すべく、さまざまな文化を生み出しました。その文化がさらに異なった価値観をつくっています。

風土の他に、価値観を形成するものに歴史があります。人類の歴史は戦争の歴史であるといっても過言ではないでしょう。

侵略の結果、ヨーロッパの国々はいうまでもなく、南米やフィリピンなど多くの国で異文化が融合され、新たな文化が生みだされました。日本は戦争に負けましたが、侵略はされませんでした。
しかし、戦後日本に進駐したアメリカの文化の影響をまともに受けています。服装、食べ物、音楽、スポーツ、その他、影響を受けないものがないといえるほどでしょう。言葉ももちろん含まれます。ちまたには日本語化された英語がたくさんあります。

もちろん、異文化の融合は戦争だけによってなされるわけではありません。貿易や人的交流によってもなされる。今では海外旅行も活発になり、また、各地の情報がネットやSNSなどで配信され、あっと言う間に世界を駆けめぐります。自分に役立つ文化はどんどん取り入れられていく時代となりました。

食べ物も同様です。

ハンバーグやフライドチキンなどのファーストフードの他、中華料理、韓国料理、インド料理、タイ料理、アラブ料理、日本料理などは世界中で簡単に食べられる時代になっています。
前記した刺身も、今では多くの外国人の好物となっており、弊社の調査では外国人の好きな食べ物の第2位になるほどです(1位は寿司)。

世界の文化は急速に融合されつつありますが、長い間その地に根づいた独自の文化から生まれたそれぞれの価値観は容易には変わりません。
たとえば、日本ではフローリングなどの洋式の部屋が増えるにつれて、暖房設備はエアコンに変わりましたが、日本の伝統的なこたつも多くの家庭で現在も使われています。
こたつは単に暖房のためでなく、家族のだんらんの場としての役割を果している面もあります。このような地域に根づいた文化は世界各地の日常生活の中に存在しています。

まとめ

多文化間のミスコミュニケーションを避ける第一歩は、互いに相手の文化を知り、価値観の違いを認めることです。そしてそこから生まれる行動原理の違いを知り、自らを適合できるように異文化理解を深めていくことが大切です。

記事:Hiragana Times 編集部Hiragana Timesロゴ

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